毎度なこと

日常の発見、愚痴、文句

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

我は

我は愚者なり。
救いなき道化なり。
かつて一度交じり合った美しき曲線。
もう二度と交わることなどないと知りつつもその動きに魅了され続けるものなり。

美しくも妖しき曲線。
ねじれ、ひねくれ、折れ曲がり、時に消え去りそうになりながらも曲線は進み続ける。
曲線は躍る、飛び回る、弾ける、駆け回る。
幾多の直線、曲線と交わりあいその輝きを増し続ける。

我が描く軌跡はそこに交わることは無い。
照らし出されることも無い。
我はただその輝きに憧れるのみ。

曲線は今もまた輝きながら進む。
時に迷い、時に破裂し、時に自壊しながら。
だが、その輝きは曇ることは無し。
  1. 2010/11/14(日) 13:17:58|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

死なないものは生きていない

死なないというのは生きてはいないということだ。
そんな事は分かっている。
死にたくないと考えるのは多分生きてはいるということなのだろう。
ただ、何もなく生きるのはとてもしんどい。
あれも欲しいし、これも欲しい、あれもしたいし、これもしたい。
不幸せとは思わない、が、幸せかというと、どうだろう。
幸せって多分つまらない、幸せとはあれこれ欲しいものもなく、何をしたいわけでもなく、その状態で居続ける事だから。
そうならば生きてる事は幸せの連続であることのはずだ、状態を維持し続けてるとうのが前提ならば。
いま、俺生きてる?死んでる?

誰かに火をつけないで、って言われたがつけねえよ、わざわざ。
なんだったら俺につけてくれ。

何をすればいい?
何を考えればいい?
どう生きればいい?
どう死ねばいい?

他人に答えを委ねるのか、そんなのごめんだ。
かと言って自分で答えられるやついるのか?

  1. 2010/05/05(水) 13:36:21|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ぬかるみに足を突っ込む

目の前に広がるは底の見えないぬかるみ。
一歩踏み出せば歩みは止められる。
だが、それでも我は歩みを止めず。
そのぬかるみは誰も通ってはいない。
なればこそ我は進み出さん。
全ての違いはそこから始まるが故。
我は異質であることを望む。
異能であることを欲す。
この先にあるものが光ではないことを願う。
さらに深くどろどろとしたぬかるみであらんことを。
そして、ごく僅かな光が注さんことを。
その光が何よりも眩しく、暖かいことを。

今一度我は問う。
このぬかるみを進まんと欲するか。
我は応えん。
往々にして、飄々とした一歩にて。
  1. 2009/09/05(土) 01:42:21|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

足元に漂いのたうつ影

人の足元には常に深く暗い闇がわだかまっている。
その闇は人から決して離れる事はなく、鋭い牙を向ける。
時折、不意にその闇から無数の細い腕が伸びてきて、身体を、気持ちを、魂を、がっちりと掴み、絡めとる。
その力は凄まじく、あがなう事を、振りほどく事を許さない。
そのまま無数の腕は魂を足元の闇の中へ引きずり込む。
その闇の名は"怠惰"という。

この闇は人それぞれ別の形で存在する。
ある者は幾多の闇を抱え、ある者は巨大な闇に囚われる。
人はこの闇抜きには生きられない。
この闇こそが人間として生きるということなのだろう。

この闇はいわゆる七つの大罪(傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲)を基調とし、まさしく影であり暗く深い闇色をしている。
この七つの大罪は確かに恐るべし力を持つが、振り払う事は不可能ではない。
宗教の中にはこれらを振り払う事を良しとする教義もある。
うまく付き合っている者もいれば、振り払う気もない者もいる。

実は七つの大罪以外の闇を持つ者もいる。
それらの闇はその者個別のカラーや形をなし、明らかに七つの大罪より強い。
これらの闇を持つ者は非常に魅力的であり、面白い、あるいは破綻者である。
犯罪者や芸術家はこのタイプであろう。

しかしながら、世の中にはこの闇を持たない人間というものが存在する。
そういう人間を俺は恐怖する。
生きる事を、欲望を放棄し、呼吸だけを繰り返し、ただ動く。
こういう人間には善悪のタガというものが存在しない。
俺はこういう人間を知っている。


俺は闇を飼い慣らしはしない。
飼い慣らす気もない。
自らの作り出した歪な闇に身を任せるのが今の自分の生き方だ。
  1. 2009/08/30(日) 02:43:28|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

優しくされたい

ようやくクソ忙しい嵐の様な8月が終わり、安定と落ち着きを取り戻す9月がやってきますな。

さて、それはさておき、最近仲良くなった女性に自傷癖があり、多数の傷を持つ娘がいます。
いい娘なんですが、傷自体はなかなかヘビーな強者です。
こんな娘好き

その娘曰く、今まで知り合った(特に男)はこれ見ると大体ヒクか何でこんなことしたのか聞いてくるのが多かったそうだ。
何も聞かず、綺麗と言った俺に興味を持ったらしく妙になつかれてしまった。
それはいいとして、自傷に対してわざわざオススメはしないが、特に思い入れもない。
その結果についてもだ。
本人は後悔しているようだが、それもまた良し。

興味深いのは、大抵の人達が理由を求めた事だ。
勿論、自傷にはそれぞれ隠された理由があるだろう。
それは心理学や学者、医者達が研究し、分類されている。
一から説明出来るだろう。
しかし、俺は別に理由等知りたいとは思わない。
世の中、理由、訳、説明を知りたがり、されたがる人が多すぎる。

切った理由なんて本人ですら解らない事だってある。
自分で何してるのか、何がしたいのかなんて解らないのだ。
解った気でいるのは傲慢だから解らないでいい。
その娘の自己表現がたまたま自傷だったというだけで後は知らない。
その後は自分がどう感じるかだけだ。

自分が訳も解らず産み出したものだって沢山ある。
自分が気に入ったものだって沢山ある。
何でなんて馬鹿らしくて言葉にしよう等とは思わない。

それでいいさ。
  1. 2009/08/26(水) 02:43:44|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
前のページ 次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。