毎度なこと

日常の発見、愚痴、文句

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飛びたて超一流B映画へのフライト・・・『スネーク・フライト』・・・

たった一人の証人を消すために大物ギャングが選んだ方法は証人の乗るジャンボ機に大量の毒ヘビを積荷として忍び込ませるというものだった。
企画が立ち上がり、承認された時点である程度の(決して大成功はしない)成功が見込めるであろう本作。
予想通りその手のファン達の熱い支持を集めとんでもない前評判となった。
主演はサミュエル・L・ジャクソン、メジャーからB級およびZ級までなんでもござれの俳優、今回の主演でその節操無さに拍車をかけ元々真っ黒な自身の経歴にまたさらに泥を塗った(いや、褒めてんだよ、ホンとに)
この映画わざわざ劇場まで足を運んだのだが、この選択は間違っていなかった、断言。
おバカな映画である、そしてそれを大真面目に作ってある。
途中中途半端なドラマを盛り込みはしたが見たいこととやりたいことはした。
最新技術の無駄使いはなんて楽しいんだ。
今回は簡単に終わらせていただく。
だって語るべき内容がないんだもん。

       評価 星 3 (4段階評価)
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  1. 2006/12/26(火) 01:29:30|
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いざ行かん、至れり尽くせりの血糊地獄・・・『ブレイン・デッド』・・・

印象に残ると言えばこれ以上無いインパクトを誇る本作。
この作品を見る限り後に超A級大作『ロード・オブ・ザ・リング』を監督出来るとは思わないだろう。
全編を通してもうびっくりするぐらいチープな映像。
よくもまあここまで無茶苦茶やったもんだ。
アホで低俗なキャラクター達。
奇妙奇天烈なクリーチャー達。
ここまでやるのかという人体破壊描写。
下手すると一生のトラウマもの。
それをここまで楽しんで出来る監督はいない。
血糊だけが過剰気味なスラッシャーやスプラッタは観ていて恐怖を煽りもしなければ面白くも無い。
血糊の量を最大まで増やし、人体破壊の限りを尽くしたとしても生み出されるのは恐怖ではなく滑稽さだ。
ピーター・ジャクソンはそれをよく理解している。
ストーリーは役に立たない、後はどう魅せるかだ。
スプラッタというジャンルの一つの完成形がここにある。

      評価  星4  (四段階評価)
     満点であると同時に0点
  1. 2006/12/25(月) 00:28:56|
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ただひたすらに・・・『ユナイテッド93』・・・

この映画は非常に難しい、内容がではなく評価することがである。
21世紀最初の年に起こったあの悲劇を扱った本作。
制作陣はもちろんのこと、評価しようとする人達にも重いプレッシャーを余儀なくさせる作品。
映画としても決してお涙頂戴の凡庸な作品ではなく細部にこだわった一級のサスペンスであり、一級のドラマ。
あの日起こった事を出来る限り正確に再現した一流のドキュメンタリー映画。
浮き彫りになっているのはアメリカ軍の特異的な体制。
精強で知られ攻めてに回れば強引で無類なき強さを発揮するアメリカも自国の国土が襲撃されるということは想定外の様(最もこんな方法は考える方も実行する方もどうかしている)
あくまで内部の獅子身中の虫に対する防備。
一方で、刻一刻と変わる事態に柔軟に対応し、あるいは航空事故という形で(そこには当然利益が絡む)、『人命を預かる』ということを知る民間の航空会社および管制員達。
兵士という駒を使い決定したことを確実に遂行する軍人たち。
この二つの組織では決断の差が如実にあらわれた。
ハイジャック、自爆テロという行いそのものは許されるはずはないが彼等の中にも狂信的であるとはいえ、間違いなく家族や自由を守るという正義はあった。
ここにいたる歴史に無知な自分が気恥ずかしい。
生きて再び家族に、愛する人たちに会うために決死の覚悟と勇気で戦いを始める乗客たち。
同じく家族を守るため、自分たちの信じる道の為命を投げ出してでも戦う決意をしたテロリストたち。
戦争の根本の縮図がここにあった。
そんなドラマも唐突に終わりを遂げる。
その虚しさに涙する。

本作に関わっている人達の真摯な行いに尊敬の念を。


    評価・・・申し訳ないが今回は評価そのものを棄権させていただく・・・
  1. 2006/12/22(金) 04:12:45|
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プロの運び屋改め超大味007・・・『トランスポーター2』・・・

髪の毛という大事なものを失うことで年々渋みや哀愁を増していく俳優陣の中で最初から髪の毛がフサフサだったイメージのない漢(おとこ)ジェイソン・ステイサム(最初見たときからボウズなのだがデコ&頭頂部の毛髪は確実に消滅し続けている)主演のヒットシリーズ第2段が本作。
ストーリーはあって無いようなもの。
真面目に観ると損をしおバカ映画として観ると得をする
全編小気味のいいアクションの連続、連続、連続!!!
穴だらけで見るも無残な脚本を埋めようと魅力もカリスマも実力も全く無いボスや格好だけ一流の女殺し屋等の弱敵を蹴散らしジェイソン・ステイサムが孤高奮闘、縦横無尽に暴れまわる。
CMでは子供との絆みたいなものを全面に押していたはずなのだがあっさりと忘却の彼方へ。
一応家族の再生みたいなものを無理矢理盛り込もうと悪あがきを試みたが所詮は悪あがき。
他の俳優が同じ事をしたならきっと鼻につく(例トム・クルーズ)のだが不思議と許されるステイサム。
ステイサムPVとしてならかなりの高レベル、頑張れステイサム。
携帯電話を隠してあったり、クリーニングしたてのスーツが仕込んであったりと様々な小道具と妙なこだわりをみせ、ボンドカーと化している愛車を駆りフランク=ステイサムはパート3に向け?爆進する。

   評価  2・5 (4段階評価)
  1. 2006/12/14(木) 22:58:16|
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苦痛に満ちた現実を支えるのはより困難な妄想・・・『オープン・ユア・アイズ』・・・

今回の感想は『オープン・ユア・アイズ』。
スペインで作られた映画だ。
ストーリーは非常によく練られており最後まで飽きさせず、見事に惹きつけられる。
主人公の人生は順風満帆、金もあり、顔立ちも端整、女性に困ることなどなかったが、ある事故によりその人生が一変する、顔を失い、友人、愛する女性を失い日常がどんどん狂っていくというのが大まかなストーリー。
主人公の微妙に鼻につく、高慢で独善的な嫌な奴っぷりが妙にリアルかつ、主人公を事故に巻き込む女の底の方に潜む狂信や嫉妬など人物が見事にえがかれている。
この話の主人公を悲惨だとか、可哀想だとか感じたんならそんな人達とは話が合わない。
この主人公は救いなど求めてはいない。
物語の後半は主人公の意識の作用した世界である。
主人公が都合よく変えることの出来る世界といっていい。
だが、主人公が選んだのは苦悩に満ちた世界だ。
途中主人公の顔は元に戻り、全てがうまくいき始める。
恋人も元に戻るのだが、ここでも彼がした選択は、心の支えとも言うべき恋人を狂気の象徴に入れ替えるといったものだった。
そして、この世界がいったい何なのかを知る、彼の良心というべき精神科医の忠告を一切聞き入れることはない。
ラストシーンに現れる人達は生きる希望であり、生きようとする意志の現れだったはずだ。
だが、彼はそんな全てを受け入れず、セーフティー装置というべき安易な死を選択する。
おそらく今の状態ではこれ以上の苦しみを味わえないことを悟ったからだ。
彼はもう一度選択する、困難と裏切りに満ちたこの世界を。
苦痛という甘美な快感を再び味わうために。

【評価】 星3・5 (4段階評価)
  1. 2006/12/11(月) 01:34:54|
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東方の小国を紅蓮に染め上げよ・・・『ガメラ』・・・

楽しみにしていた平成『ガメラ』シリーズのDVDが届いた。
日本は異常なほど多く国土を荒らされた国だ。(国内最多で国土を荒らしまくったゴジラにはとんとお世話になったことがない、おかげでUS版ゴジラにも抵抗はほとんどなかった、面白いかどうかは別だが)
いいね、ガメラ。亀の癖に凶暴で。
お気に入りは『ガメラ2レギオン襲来』。
自衛隊の存在意義は怪獣に備える為だったのねと思わせるシュミレーションが描かれており、レギオンのデザインも俊逸で、相当な高レベルなエンターテイナーしてます。
ガメラを観て思うのだが、巨大怪獣って日本の専売特許。
堂々と国内を焦土に変えつつ暴れまわってもヒーローと化す。
対してアメリカには巨大な怪獣というものが存在しない。
アメリカのモンスター達は大体人間サイズだ。
これは国民の体質というものが影響している。
日本人はM体質で、巨大な力に翻弄され右往左往するのが好きな国民なのだ。
巨大な怪獣はその精神が生み出した、いうなればひがみ根性の生み出した産物である。
そして、その怪獣に翻弄されつつ必ず自分達の味方となる怪獣が存在するのも日本の国民性(深読みすれば現在の日本の状況そのものを皮肉っている)が出ている、最後は他力本願な巨大な力の助けを求め、自分たちの力で解決がなされていない。
対してアメリカには巨大な怪獣はその精神の中に存在せず、等身大のヒーローがおり、自分たちの憧れの対象であり、自分達もいつかああなれるかもという希望だ。
この『ガメラ』の選んだ選択は正しい。
凶暴になれ、人に慣れるな、歩み寄るな。
まだまだ日本を破壊し続けろ。
日本人の精神を守り続けるために。

【評価】 『ガメラ2レギオン襲来』 星3・5 (4段階評価)

  1. 2006/12/06(水) 07:04:40|
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海を渡った彼らは‘ロック‘に侵された

さて以前はゾンビに触れたが、今回は彼等の粋な親戚である吸血鬼に触れよう。
えっ、と思う人違うぞ、間違いなく彼らは親戚だ。
共に蘇えった死者であること、共に繁殖方法が相手に噛むこと、この二点はゆるぎない類似点である。
まあ、吸血鬼の方がより上等な死者のようではあるが。
「アンダーワールド」「ヴァン・ヘルシング」
最近好きな映画にこの辺りを入れてくる人が多いようだが、僕的にはあまり評価はよろしくない。
ヨーロッパの深く暗い闇の中に潜んでいた吸血鬼達は皆紳士だった。厳格なルールで自らを戒め、不用意、無作為に獲物を選ばなかった。
人々の恐怖の対象であり、貴族であり、人を超越した暗闇そのもであり、想像をかき立てられる存在だった。
だが、海を渡りアメリカという新天地にたどり着いた彼らはネオンサインに照らし出された眠らない夜を知ってしまった。
彼らは徒労を組み、安易に銃器で武装したギャングになってしまったのだ。
かつての吸血鬼達は血を吸うというプロセスそのものを重んじ、艶っぽく、悪の美学を持ち、ルールや仁義を貫いていた。
今現代を生きる吸血鬼達は血を吸う行為そのものを楽しみ、飢えを満たすこともなく、自らの力に酔いしれ、振り回された未熟な集団となった。
かくして格調高く重苦しかった彼らは粗野で野蛮なヤンキーにまで身を落とした。
オペラやオーケストラの理想にどこまで近づいていけるかではなく、ポップやロックのどこまで自由に表現できるかに変わったのだ。
最も人に聞かせるロックではなく自己満足が多いが・・・
  1. 2006/12/02(土) 22:33:20|
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不条理それこそが世界を統べるもの

デイヴィッド・クローネンバーグこの監督の名前を聞いて嫌悪感を示す人は少なくないだろう(狂喜乱舞する人も決して少なくない)。
独特、独自の映像美によってか、どちらかと言えばホラーよりの扱いをされていることの方が多いようだが、実はこの監督は非常に鋭い観察眼と柔軟な思考を持った本格派の社会派監督なのだ。
クローネンバーグの語るストーリーには人間そのものが生み出した不条理が多い。
精神的な迷宮を映し出すことが多いといっていい。
クローネンバーグは人間という生き物がとても好きなのだろう。
その個、想像力、可能性、それらを深く愛しているといっていい。
だが、この愛してやまない人間が何らかの関係を築いた時、クローネンバーグにとって急に理解不能な嫌悪すべき生物へと変わる。
友情とは、愛情とは何なのか。
今までキラキラと輝いていた愛すべき者達が急にくすんだ不快なモンスターへと変貌する。
彼のフィルムは友情や愛情を映すことができない。
混迷や混沌でしかそれらを現せないのだ。
鋭い観察眼、社会を冷静に見つめる眼、そして、それらを歪んだ形でしか現せない彼が製作したフィルム。
これからもクローネンバーグは一線でその歪んだ視線で見つめ続ける。
  1. 2006/12/01(金) 22:53:04|
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再び蘇えりこの世界に浸透するのだ

さて、最近映画のジャンルでかつての勢いを盛り返しつつあるジャンルがある、そうホラー映画だ。
最近はCG技術の向上によりグショグショベチョベチョゲロゲロピューがより鮮明に、よりカラフルに、より玩具ぽく出来るようですな。
ただ残念なことにリメイクが多いんだよな、モンスターは掘りつくされたらしい、最近は地底人が元気らしいが。
それはそれとして、昔から元気のいい連中がいる、それは、そうゾンビ達だ。
ようやく楽しみにしていた『バタリアン・リターンズ』がDVD化されたのだ。『バタリアン』シリーズの新作が作られた影響だろうな。
見直してみると、面白い。
技術は上がり、映像が洗練されたとしても肝心のストーリーがお粗末なら寒い映画となる。
ゾンビ映画を面白くするには血糊をより多く、より衝撃的に魅せるにあらず。
人の生み出した恐怖は人の間で増殖し、蔓延する。
ゾンビ映画には、死んだ人間が蘇える、そしてその死者達に噛まれた者は自らもまたゾンビとなり助かる手立てはないという絶対のルールがある。
このルールこそが恐怖を生むのだ。
かつて人間だったもの、いうなれば、友情、愛情、嫌悪、尊敬といった対象であったものが一転し恐怖の対象でしかなくなるのである。
それこそがゾンビ達の恐怖そのものなのだ。
ゾンビ達と相性が良いのは青春群像劇であり、ラブロマンスであり、親子の情愛なのだ。
そこに衝撃的な血糊のシーンを効果的にぶち込む。
これこそがゾンビ映画の光り輝く道なのだ。
蛇足  『バタリアン・リターンズ』 星 3
  1. 2006/12/01(金) 04:32:56|
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